外国人管理制度の混乱、一部勢力の過剰な政府攻撃が影響-牧原前法相に聞く
外国人管理政策、自民党の考えは?

(写真1)インタビューに答える牧原秀樹前法務大臣
牧原氏は外国人管理政策の問題は、法務省の管轄する出入国在留管理庁(以下、入管)の人手不足、そして外国人問題を政争の道具にして政治的な混乱をもたらそうとする一部政治勢力の妨害が、原因であると指摘した。
これは与党自民党の政治家であった牧原氏の政治的な立場を反映した考えだ。しかし外国人管理政策が一部政治勢力の仕掛ける「政争」によってゆがめられたてきたことは事実で、それに苦しめられた牧原氏の指摘は考えなければならないだろう。そしてメディアも政治家も、この問題が過剰な批判で機能不全に陥っているという事実を指摘しない。
牧原氏は弁護士で自民党の法務行政、外国人管理政策の立案の中心人物の一人だった。24年10月に衆議院議員選挙で落選し法務大臣を辞職した。これまでは北関東ブロックで5回連続当選した。要旨は次のとおり。
経済・環境記者の石井孝明が、移民・外国人労働者、エネルギー、金融・マーケットを中心に取材した情報を深掘りの解説をつけてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
過剰な批判で外国人問題を取り上げづらい
―牧原さんは、選挙区からの引退表明をしました。真意を教えてください。
牧原・今は様子を見るという状況で、政治家を辞めるかどうかは分かりません。政治の現場から一度離れ、やるべきことを静かに考えてみたいと思います。
決断の理由はさまざまあるのですが、その中の一つに国会審議で感じた虚しさがありました。国民のためにならない、本質から離れた瑣末な議論を野党は仕掛け、それに与党や行政が忙殺されます。それが苦痛になったのです。
今は政治家をすることが難しい時代です。SNSの普及は情報発信や伝達に多様性ができるなど、多くのプラスの面があります。その半面、正しくない情報でも一度発信されると一瞬で伝播し、政治家の選挙での当落に直結します。
政治家への批判は当然認められるべきです。しかし流れる情報には他人を攻撃することだけを目的にするものが散見されます。そのような情報に、政治家が一方的に攻撃され、信用上のダメージを受けます。この状況では政治家を育てることも、政治課題についてじっくりと国民的な議論をすることも難しい。そして外国人管理政策は、このような政争に直面しやすい問題です。
―外国人問題がらみで、牧原さんの政治活動に嫌がらせはあったのですか。
その問題での批判が多かったことは確かです。私は24年10年の選挙の際には法務大臣でしたから、そのテーマで狙われやすかったのでしょう。ネット、選挙活動のヤジで「外国人をいじめるな」などの声がありました。それが組織的なものかどうかは分かりません。私は、外国人管理問題やその他の政治課題について、日本のため、国民のためになる政策づくりをしてきたという自負があるのに、事実に則さない感情的な批判は辛かったです。それでも私は問題を取り上げ続けました。
攻撃によって政治家は外国人管理政策の問題を取り上げづらくなります。過激な批判をする人は、自分が民主主義を壊しかねない危険な行動をしていることを、考えていただきたいです。
自民党こそ外国人管理で最も適切な政策
―政府・自民党は外国人労働者、外国人旅行者へ国を開くことを、国民的議論なく早急に行なっているように思います。国民が抱く不安をどのように考えますか。
私は議員として、また個人として100カ国以上を訪問しました。そして大量の移民・難民によって欧州や北米の国や社会が混乱している様子を見ました。特に治安の悪化が問題です。外国人の大量流入によって起こるマイナス面の危惧を、国民の皆様と同じように共有しています。日本でそれを繰り返してはいけない。この考えは自民党で外国人問題に取り組む議員たちも同じです。
しかし外国人労働者を一定数、日本に入れて働いてもらうことをさまざまな立場の国民が求めています。少子高齢化の進行で外国人労働者がいないと回らない産業や維持できないインフラが出ています。また外国人観光客の増加を促す政策も、国民の支持を集めました。それらによって多くのプラス面があることも、注目してほしいです。
もちろんマイナス面を早急に是正しなければなりません。国民の皆様の不安の主なものは治安問題でしょう。外国人であろうと、日本人であろうと、犯罪は許されません。そして問題のある行動をする外国人は、日本人と同じように取り締まりを進めるべきです。法務省では、取り調べや裁判での通訳の確保などの取り組みを進めています。国民の方に不信が残る点は残念ですが、改善していることは知っていただきたいです。
―外国人を日本で増やさなさいとの選択肢はありませんか。一方で、一部の政治勢力は、入管が人権侵害を行なっているとの批判をしています。
私は、外国人管理の問題では、自民党・公明党の連立与党の政策が、日本の政党の中で一番適切であると思います。
日本の国益に貢献する高度人材を、日本は積極的に受け入れてきました。単純労働者については、状況を見ながら、少しずつ受け入れ枠を広げて、制度を整備してきました。日本が外国人の力を借りずに国を回すことは、少子高齢化で難しくなっています。今、外国人労働者の流入を止めるという主張は、現実からずれています。
一方で、立憲民主党、共産党は、日本は日本人だけの国ではなく、どんどん外国人を入れて多様性を持つ国にしろというような主張を、国会審議で言っています。この主張の背景にあるのは、私とは全く相入れない根本的な国家観の違いです。そうした考えを持つ人々と戦わなければなりませんでした。

(写真2)法務大臣就任後の初訓示をする牧原氏(24年10月)
◆埼玉クルド人問題、法整備は進め改善を期待
―埼玉クルド人問題がなかなか改善しません。
埼玉クルド人問題は、外国人労働者の管理制度とは違う問題です。この2つを一緒に議論をすると、話が混乱すると思います。この問題は入管法、難民認定制度の穴をついて、外国人が居着いてしまった問題です。
法務省は入管法を改正して、その制度の穴を埋めています。例えば、トルコ国籍のクルド人は何度も難民申請を繰り返して日本に居残りましたが、改正法で難民申請は原則2回までになりました。管理の緩かった仮放免制度も、改革しました。2024年6月から改正法は施行され、それに基づく送還がはじまっていきます。
私は、この入管・難民審査制度の見直しを、法務省・入管とまとめました。そして2023年の入管法改正の際には、大変な反対の中で衆議院の法務委員会の筆頭理事として、衆議院での可決のために動きました。野党は強い反対をしましたが、それでも法改正を成し遂げました。これは入管など多くの関係者の評価をいただいています。クルド人問題も今後、新しい制度で問題は改善すると思います。
またクルド人問題では、民主党政権の後始末に苦労しました。この政権は、2010年に難民申請から6ヶ月経過した申請者に一律に就労を認める方法に政治主導で変更しました。その結果、2010年にはクルド人を含めて難民の申請者数が約1200人だったのに、17年には一時約2万人に増えました。難民という人の多くが、日本での就労を目的にしていたのでしょう。これではいけないと、法務省と協議をして、自公政権では運用を厳格化し、その数は減っています。このように外国人をむやみに入れようとする人々の動きを私は止め続けました。
―埼玉のクルド人は、偽装難民が大半と思われます。クルド人、またその他の偽装難民と疑われる人に対して、難民申請の受け付けを拒否することはできないのでしょうか。
最初から難民申請を拒絶することは、日本が国際条約を受け入れ、そしてそれに基づいて、人権保護のさまざまな法律を作っている以上難しいです。ですが今の制度がいいとは私も入管も思っていません。見直すべきところは改善すべきですし、難民の保護や外国人の人権保護と、入管庁の業務のバランスを取る必要があります。
―クルド人問題で、入管法改正の効果がなかなか見えません。
法務省、入管の職員の皆さんは、業務に懸命に取り組んでいます。もし埼玉県民の皆様が足りないと認識されるところがあるならば、2つの大きい問題が影響していると思います。これは他の外国人管理政策にも当てはまります。入管職員の人手不足、そして入管攻撃を行う政治勢力の存在です。
外国人の旅行者、在留者、難民申請者数が急増しているのに、入管庁の人員の数は大きく増えていません。日本の行政官は真面目なので「苦しいですが頑張っています」と、自民党の政治家に報告します。しかし本音を聞き、実情を知ると、人手が足りなすぎて、頑張りでは無理になっている状況です。入管の業務が遅れる理由になっています。
現在は財政難を理由に、人員がなかなか増やせません。私は法務大臣として、この現状を国会、そして国民の皆様に訴え、予算と人員を増やして、現場の入管職員が適切に業務をできる状況を作ろうとしました。入管行政の抜本的強化が待ったなしに必要です。しかし法務大臣を去らざるを得なかったのは本当に無念です。
◆一部政治勢力、弁護士による入管攻撃を止めよ
―一部の政治勢力の嫌がらせは深刻なものなのでしょうか。
はい。2021年のウィシュマさん事件が今も法務省に影響を与えています。(注)もちろん彼女が亡くなった悲劇を国、法務省、入管は深く反省しています。しかし、これをきっかけに、一部の政治活動家、メディアは、入管庁が「悪の権化」であるかのような批判を続けました。
その激しい批判によって入管庁の職員たちが精神的にダメージを受け、業務遂行で萎縮したように私には見えました。入管庁を叩くことによって、外国人管理制度を混乱させたいかのように思えます。
23年の入管法の改正審議の時のことです。参考人として呼ばれた入管を退職した元幹部の男性が、ある議員の質問でいたわりの言葉をかけられた時に涙ぐんでしまいました。「私も後輩も、社会から批判されて、優しい言葉をかけてもらったことがなく、気持ちが動揺した」とのことでした。職員の方の精神的重圧は、かなり大きなものになっていると理解しました。
私は法務大臣として、働く皆さんの心のケアの問題にも取り組みたいと考えていました。また政治が行政官を守らないと、そして政権攻撃のための不当な攻撃をすることを、野党や一部の勢力がやめないと、現場の方々の心の負担は増すばかりです。
(注)2021年3月6日に名古屋入管の収容施設内でスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが亡くなった事件。(ウィキペディア)
―今後、外国人政策をどのように進めるべきでしょうか。
外国人問題は法務・入管行政だけでは対応しきれない問題です。治安対策の強化、社会保障や生活保護などの諸制度の現実にあった改革など、外国人が日本に数多く暮らすようになった現状に応じた、行政横断的な対応が必要です。特に日本のインフラや制度の「ただ乗り」を防ぐルールづくりが必要です。外国人は、善意の人ばかりではありません。
また、これまで述べたように外国人問題や法務行政を混乱させる一部政治勢力や弁護士、活動家の動きには問題があります。外国人問題は、対応を誤れば行政による外国人の人権侵害にもつながりかねませんから、「入管しっかりしろ」という懸念や提言は理解できます。しかし常識的な範囲の批判を超えて、法務行政を妨害する行動を続ける人たちがいます。なんらかの制約を課せないかと思います。自主的な抑制に期待したいのですが、どうも無理です。
こうした積み残しの問題を放置すると将来に禍根を残します。外国人が増えたとしても、日本に住む国民が安全安心、公平感を抱くこと。そして日本の社会、国民としてのまとまりと誇りは絶対に守り抜かないといけません。
私は政治家として外国人問題に取り組んできました。日本オリジナルの誰もが幸せになれる制度の完成まで、もう少しだったと思います。未完である心残りはあります。次を担う政治家にその完成をお願いし、国民の皆様と共に意見を述べていきます。
石井孝明
経済記者 、with ENERGY、Journal of Protect Japan 運営
ツイッター:@ishiitakaaki
すでに登録済みの方は こちら